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2008年12月

HO 出雲 DD51 完成!!!

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昨日入手した天賞堂DD51・・・

どうしても早く完成させたくて、当プロジェクトの職人:YN君を急遽自宅に呼び出し、本日完成させました!

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天賞堂のDD51は完成度が高いので、殆ど手を入れる必要がなかったのですが、出雲のDD51は、元空気ダメのコックとスノープロウが白く塗られていたので、色入れをしました。

また、ヘッドマークはとりあえず、KATOのEF65に入ってたやつをつけました。(ちょっと不満・・・)

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公式側キャブ

DD51-1186は、全検表示と換算表記がメーカプレートと同じ高さにあるのが正解だが、換算表記が印刷済みだったので妥協・・・

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非公式側のキャブ

「後」の区名札と、プロテクタがいい感じです!!

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NゲージのDD51-1186と並べてみました!

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先日完成したEF65-1106と並べてみました!

EF65-1106については、近々公開します!

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天賞堂 HO カンタム・システム DD51 

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やっと、天賞堂のDD51を入手しました!

もちろん「最終型 B寒地タイプ(JR仕様)」=出雲仕様です!!!

発売当初、出来を見てから・・・とノンキに構えていたら、予約で完売になってしまい、出来を確認することなく市場から消えていました・・・

このDD51はサウンドシステムが「売り」らしいのですが、最も最終「出雲」のDD51に近いものだと聞いていたので、どうしても入手して出雲編成に入れたかったのです。

(「ムサシノ」製もかなりいい感じらしいのですが、価格的に、、、)

この度、知り合い経由で、手付かずの新品を売ってくれる方を紹介していただき、ようやく手に入れました!

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タブレットキャッチャー&保護板もついてるし、

無線アンテナも、2006年3月までをプロトタイプにしてるだけあって、ちゃんと2エンド側(出雲市方)にのみついてます!(後に1エンド側にも取り付けたらしいが・・・)

また嬉しいことにHゴムは黒!!

手を加えるところが殆どありません!!!

付属パーツです・・・

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防護柵も完璧だし、「後」の区名札まで入ってます!!!

(HO用「後」の区名札は、2008.12現在市販されていません・・・)

区名札は、エッチングのものと転写シールのものと2種類入ってますが、転写シールの方が、リアルだと思います。

出雲用のヘッドマークスティは入ってるのですが、肝心なヘッドマークがない・・・

KATOのEF65-1000に入ってるのを使おうかと思ってるのですが、DD51の出雲ヘッドマークは正確には違うからなあ・・・

ナンバーを見たら・・・

1179,1183,1186,1193!

何と!当プロジェクトで模型化を進めている

2006年2月23日東京発出雲市行き寝台特急「出雲」の

1186号機が入っていたのです!!

因みに、2006年3月17日上り「出雲」の牽引機は、1186と1179。下りは1179です。

最終「出雲」を意識されていたのか???

唯一残念なのが2点・・・

検査表記が14-4,13-3,17-2,14-8,17-5の5種類が入ってました。

正解は、1186なら「17-7 後藤総」1179なら「17-11 後藤総」でした・・・

あと、2番目の写真をみてもらうとわかりますが、公式側の換算表記が低い位置に印刷されてしまってます・・・

1179や1186ならば、もう少し高い位置でないといけないないのです。

また、取扱説明書には、検査表記を非公式側のみにつけるように書いてありますが、晩年のDD51-1186、1179には公式側にも検査表記が書かれていました。

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本日の「富士・はやぶさ」(2008.12.29下り)

18時過ぎ、たまたま横浜にいたので「富士・はやぶさ」撮ってきました!

横浜駅は、反対ホームからきれいな編成写真が撮れることもあって、たくさんの人々が写真撮ってました。

編成写真は他の方にお任せするとして、今回はこの写真!

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因みに、本日の牽引機はEF66-51でした。

何と、1号車はスハネフ15-1!!

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「富士」の思い出 ②ヘッドマーク

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現在は「富士・はやぶさ」の複合ヘッドマークですが

「富士」が単独運転されていた頃は

EF66のヘッドマークも、この山型のヘッドマークでした・・・

1985年3月に牽引機がEF66に変更される前は、丸いヘッドマークでした。

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EF65PF時代の「富士」 1982年 東京駅にて

おまけ・・・

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おそらく、最初で最後のEF66の丸富士ヘッドマーク。

2004.2.29 品川駅にて

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ED78-1

新幹線総合車両センター第3弾!

今回はED78-1です。

ED78は、個人的に最も思い入れのある機関車なので、沢山写真とりました。

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ED78は、昭和43年10月にデビューし、仙山線と板谷峠で活躍しました。
ED78-1~13,901の全部で14両ありました。

ED78-901は、国鉄からJRになったときに、国鉄清算事業団に引き継がれ、しばらくJR貨物長町機関区に放置されていました。いつの間にか吹田機関区に移動して、保存されていましたが、のちに廃車されました。

ED78-1~13はJR東日本に引き継がれましたが、ED78-1はまもなく廃車され、他の交流電気群と共に福島駅構内~利府駅構内と移動し現在に至っています。

山形新幹線開業、仙山線の貨物廃止に伴い2~11号機が廃車。
ED78-12,13は仙山線の名物「落ち葉掃き」用として使用されていましたが、その頃には軌道改良も完了、トンネル通過の問題もクリアされ、ED75が入線できるようになり、2000年に廃車されてしまいました。

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ED78-1~11には、通風口がつく
前面窓にプロテクターが装備可能となっていることがわかる

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2エンド側

個人的には、このジャンパ栓受けがある、ごつい2エンド側が好きです。

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パンは耐寒型のPS101。

ED78-1は、アルミサッシ化されている。

因みにED78-3,5,9だけは廃車時までアルミサッシ化されなくオリジナル窓であった。

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2エンド側の動力台車がDT129Nであることがわかる。

因みに1エンド側の動力台車はDT129M。

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ED75から採用されている引張棒連結式牽引装置(ジャックマン軸方式)のしくみがよくわかる。

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中間台車 TR103E
当時の仙山線は軌道が弱かったため軸重が変えられるこの台車を持ったED78だけが入線できた。
軸重を14.0t・14.8t・16.0t・16.8tの4段階に変化させられる。
仙山線では14.0t、奥羽本線では16.8tとして使用したらしい。

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内側はこうなってます!

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検査表記は「57-4」

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モニタの窓が割れてる箇所があるのが残念・・・

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今にも動き出しそうである・・・

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961形(全国新幹線網用試作電車)

新幹線総合車両センター第2弾!

961形(全国新幹線網用試作電車)を紹介します。

新幹線なのに寝台車両があるなどコンセプト車的な位置づけもあった。

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6両編成だったらしいが、先頭車2両のみが保存されている。
元々東海道新幹線で試験されていたためスノープロウなどなかったが、小山の試験線で試験するために961-1のみ設置されているらしい(961-6は確認できなかったが・・・)

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東北新幹線などでの走行を想定して雪切室が設置されている。

廃車までは東海道新幹線カラー(白地に青ライン)らしかったが、仙台に持ってきてから東北新幹線カラー(白地に緑ライン)に変更されたらしい。

スノープロウや雪切室もあるので、緑のほうがしっくりくるが・・・

運転台も見れたので・・・

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右側にあるCRTは、ATOMIC(いわゆるATO)の表示装置。

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運転台後方にはATC装置

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東北・上越新幹線向けに開発されたATC-1D装置である。
(961-1は京三製作所製、961-6は大同信号製だった)

参考までにJRの主なATCは以下の通り
最近は殆どディジタルATC化されてしまってるが・・・

ATC-1A 東海道新幹線用ATC
ATC-1B 山陽新幹線用ATC
ATC-1C 総武快速用ATC(現在はATS-P)
ATC-1D 東北上越新幹線用ATC
ATC-1E 山手線等在来3線区ATC(山手、京浜東北根岸、埼京)
ATC-1F 青函ATC

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ボンネット部分も見えた!

機器が詰まってる!!!

ボンネットには連結器がなく、空洞なので、この蛍光灯が点灯するとボンネットが光るらしい!!

また、こんな看板が・・・

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「第一種休車」から国鉄時代に廃車になったことがわかる

(JRになってからは「保留車」と書かれるはず・・・)

注)第一種休車:廃車が前提となっている

第二種休車:一時的な使用休止

他にもいろいろと面白いもの多数ありました!!!

「試作車」好き必見です!

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新幹線総合車両センターの交流電気

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交流電機機関車保存館を作るべく東北本線利府駅構内に集められていた東北を代表する6両の交流電気機関車が仙台の新幹線総合車両センターに移動されて一般公開されているというので、数年ぶりに会いに行きました。

利府駅構内に保存(というより放置)されている頃は、心無い人々によって落書きされたり酷い状態でしたが、全車再塗装され良好な状態で展示されてました。
また、間近に見ることができるので、台車の構造なども詳しく観察できます!!

展示車両は、
ED91 21,ED71 1, ED75 1,ED77 1, ED78 1, EF71 1
STAR21、200系、961形
D51 1108、C11 351、C58 365
※961形だけ中に入れて運転台も見れます!

参考までに、メインの交流電機群の並びですが、
右側にED77,ED91,ED78
左側にEF71,ED75,ED71
の順で展示されてます。

真中に挟まれているカマはちょっと撮影しにくいですが、利府駅の時のように連結されず、少し離れているので何とか撮影はできます。

各車詳しく写真を撮ってきたので、後日、少しずつ紹介します!

また、唯一気になったのが、屋根などがないので、車体が傷んでしまうことです。
実際、200系やSTAR21は酷いことになってました・・・

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東北を代表する交流電気機関車(しかも5両はトップナンバー)がこれだけ揃っているというのは世界的にみても貴重なことです。
このままの状態を保存して欲しいと願うのは私だけではないと思います。

そこで、中国北京にある中国鉄道博物館のように、大きな倉庫を作って保存してもらえたら・・・と思いました。

Chiyuhaku

柱ひとつない中国北京鉄道博物館!

これくらいの間隔で置いてもらえれば、写真撮影も十分できるので最高なんですがね~

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「富士・はやぶさ」廃止

本日、正式にプレス発表がありました・・・

http://www.jreast.co.jp/press/2008/20081216.pdf

来年3月14日のダイヤ改正で廃止・・・

1年前から言われていたので覚悟はしていましたが、正式に発表されると悲しいものです・・・

かつて栄華を極めた東海道口ブルートレインは、もう過去のものになってしまうんですね・・・

また、かつての大垣夜行「ムーライトながら」も季節列車に格下げ・・・(「ムーンライトえちご」も・・・)

こちらも、かつて、ずいぶんお世話になりました・・・

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「富士」の思い出 ①

今を遡ること30年くらい前、ブルトレブームのころ・・・

この方向幕に憧れていた・・・

Nishikago

「日豊線経由 西鹿児島」

日本最長運転の列車であった・・・

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下関駅とブルートレイン

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ちょっと寂しげな下関駅・・・

旅情を誘う出発案内板・・・

こちらも忘れられない風景である。

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寝台列車の門司停車

先日、かつて小倉に住んでいたという60代の方とお話する機会があり、新幹線開業前の寝台列車の話題で盛り上がった。

山陽新幹線が博多に来る前の寝台列車全盛時代は、全ての寝台列車は小倉に止まらず、門司にだけ止まっていたから、小倉からわざわざ門司まで出て乗ったという話だった。

①当時から関門トンネルを通過するために門司で機関車交換が行われていたため、門司には必ず停車する必要があった。

②新幹線ができる前の小倉駅は現在よりも博多寄りにあって、小さい駅だったらしい
→門司は特急停車駅ではなかったのかも?

③門司と小倉は近すぎる(今もそうだが・・・)

など・・・

お話を聞いた方はテツではないので・・・
何故なのか?までは想像の域を出ないが、当時の寝台列車は小倉は停車せず、門司のみ停車だったことは確かである。

今となっては廃れてしまった感がある門司であるが、発着番線の多さと有効長の長さから、全盛期をうかがい知ることができる。

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門司駅とブルートレイン・・・

この当たり前の風景も過去のものになってしまうのか・・・

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スハネフの電源供給能力

以前、仕事で「富士・はやぶさ」を毎週のように小倉まで乗車することがあった。

最近は、廃止?のため、結構混んでいるようだが、当時、私が乗車するときは「富士」側はガラガラで、最後尾の車両は私一人で独占することが多かった。

その日も、最後尾の寝台券を買って、一人で一両を独占していたわけだが、関が原を通過するあたりから、寒くて寝ていられなくなった。雪が降っているから仕方がないな~と我慢していたが、どうにも寒い…

車掌さんに「寒いので暖房強くしてもらえますか?」と尋ねたところ

「前の車両のディーゼルエンジンが故障して、後ろの1台で賄っていまして…最後尾はお客さん一人なので半分の暖房にさせていただきました…寒いようでしたら、隣の車両に移っていただけませんか?」との回答…

スハネフ14の電源供給能力は自車を含めて5両。

「富士」は6両なので、1台のスハネフでは全車に供給は不可能なのだ!

「はやぶさ」には2両のスハネフがあるが、併結しているものの電源系統は別にしているようだ…

寒くて仕方がなかったが、一両独占できる幸せを逃す手はない!

十分防寒をして、能力半分の暖房の中、寝たことは言うまでもない。

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EF66-53

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「富士・はやぶさ」用のEF66は

42,43,45,46,47,48,49,50,51,53

の10両が下関に配置されているが

写真の53だけが何故か前面の「手すり」が「青」なのだ!

結構前から「青」だった気がしたので、古い写真や資料をひっくり返してみたら・・・

2004年頃には「手すり」が既に「青」になっていた。

「手すり」を調べているうちに、「床下」が「グレー」が出始めたのはいつ頃だったか気になり始めて、同じく調べてみた。

こちらも2004年頃だったような感じである。

「あさかぜ」「さくら」が廃止になって、「富士」の単独運転もなくなった平成17年(2005年)3月のダイヤ改正には、「床下」「グレー」になっていたのは間違いないし・・・

※2004年2月の時点でEF66-49の床下はグレーになっていたことを確認

昨日買った「jtrain」読むと

この「EF66-53」の全検が平成20年5月19日!

下の「EF66-45」が平成20年9月1日!!

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この2機が最新の全検カマになるわけだ!

最終日はこの2機が務めるのだろうか?

でも、「EF66-53」は今年の8月に車両故障起こしてるから無理か???

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富士・はやぶさ 特集

今日、書店に寄ったら「Jtrain」の最新刊があった!

表紙をみたら「富士・はやぶさ」 特集!

中をみたら乗車記だけでなく、「富士・はやぶさ」用の14系全車、EF66全車の解説など・・・かなり病的な内容だったので思わず買ってしまいました。

家に帰ってみてみると・・・

「富士・はやぶさ」用14系の詳しい車内写真や

全車のモケット、カーテン、床、壁・・・など詳しく取材されており

模型化データとしても十分利用価値のあるものでした。

また、ネットを見ていたら・・・

朝日新聞のページで「最後の九州ブルートレイン「はやぶさ」乗車記」なる記事を発見!

http://www.asahi.com/special/08-09/gallery/081209hayabusa/index.html

こちらも詳細に取材されていて参考になります!

特に熊本車両センターの取材は必見です!!!

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スハネフ15とオハネフ25-200

スハネフ15とオハネフ25-200は、半折妻であったり、下の飾り帯が幌まで来てないなど外観がクリソツである。

というのも14系15形の製造が1978年。オハネフ25-200が1977年に製造開始されているので、オハネフ25-200を参考にしてスハネフ15は作られたと言えよう。

スハネフ15はディーゼルエンジンを積んでいるので、横から見ればすぐに判別できるのだが、先日、RMMODELSを読んでいたら、外観上の違いはもうひとつあった!

写真の上の方に写ってる煙突である!

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わかりにくいので拡大写真

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確かにディーゼルエンジンを積んでいるんだから排気口がないとおかしいよな・・・

また、この煙突があるためオハネフ25-200よりもクーラが若干後ろにずれて取り付けられているらしい・・・

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